1980年代後半から1990年代にかけて、彼女が情熱を注いだのが過酷なカーレースの世界だ。単なるタレントの余技などでは決してない。国内A級ライセンスを取得し、全日本GT選手権(現・SUPER GT)をはじめとする本格的なツーリングカーレースにドライバーとして参戦した。
サーキットは、時速200キロを超える極限の世界。クラッシュによる骨折や重傷を負いながらも、彼女は何度もステアリングを握り直した。男社会であった当時のモータースポーツ界において、命がけで挑むその姿は多くのレース関係者を唸らせた。
過酷なGと危険に晒されながらマシンをコントロールする日々。このレーサー時代に培われた極限状態での判断力と胆力は、後に進む政界という荒波を乗り切るための強固なバックボーンとなった。