日本国内における浸透のプロセスも極めて興味深い。もともと「2ちゃんねる」のギコ猫やモナー、あるいは「やる夫」といったアスキーアート(AA)の煽り文化に慣れ親しんでいた日本のユーザー層にとって、他者を小馬鹿にするグラフィック自体は目新しいものではなかった。それでも、海の向こうからやってきたこの不吉な笑みは、国内のコミュニティにも音を立てて侵食した。
言語の障壁をやすやすと破壊するビジュアルの瞬発力。日本語特有のハイコンテクストな言い回しを一切必要とせず、ただ一目見ただけで神経を逆撫でする純粋な暴力性。それがVTuberのゲーム実況のリアクション芸や、SNS上での不毛なレスバトルの終止符として、極めて便利な凶器として定着した。土着のアスキーアートが歴史の遺物と化していく一方で、この異形の顔だけがアルゴリズムの濁流を生き延びた理由はそこにある。