「会社から辞めてほしいと言われたのだから、当然『会社都合退職』になるはずだ」と信じ込んでいる労働者は少なくありません。しかし、現場の労務管理において、この期待はしばしば無残に裏切られます。厚生労働省や各地の労働局に寄せられる相談窓口では、「退職勧奨に応じて退職届を出したら、離職票に自己都合と記載されていた」という悲痛な訴えが毎年数千件規模で寄せられています。
根本的な理解として、退職勧奨と会社都合退職の違いを法的に整理しておく必要があります。退職勧奨とは、企業が労働者に対して「合意による退職(辞職の申込みまたは合意解約の申込み)」を促す事実行為(勧誘)に過ぎません。これに対して会社都合退職とは、会社の倒産・解雇・事業所閉鎖、あるいは会社側からの強い働きかけ(退職勧奨)によって労働者が退職を決意した場合に適用される雇用保険法上の区分を指します。
行政解釈(厚生労働省の雇用保険業務取扱要領)において、企業からの退職勧奨を受けてこれに応じた離職は、正当な特定受給資格者の認定要件である「解雇等(解雇、退職勧奨等)による離職」に該当します。つまり、法制度上は明白に「会社都合」として扱われるべき事案なのです。
それにもかかわらず、なぜ企業は自己都合退職に誘導しようとするのでしょうか。背景には企業側の冷徹な損得勘定が存在します。企業が従業員を会社都合で退職させると、国から支給される「雇用調整助成金」や「キャリアアップ助成金」などの雇用関連助成金が一定期間受給できなくなるペナルティ(支給制限)を科されるリスクがあるためです。さらに、会社都合退職者が多数出ているという事実は、金融機関からの融資審査や企業の対外的な信用力にも悪影響を及ぼします。
そのため人事担当者は、「自己都合で辞めても退職金を少し上乗せする」「転職活動で会社都合と書くと経歴に傷がつく」といった巧妙な詭弁を用いて、労働者自らの手で「退職届」を書かせようと画策します。これが、多くの労働者が陥る「自己都合処理の罠」の構造的な真相です。