メディアでは時に「銀座の夜を牛耳る女帝」「派手な女流作家」といったステレオタイプで語られることの多かった山口ですが、実像は極めてストイックな職人気質でした。夜の営業を終えた後、明け方に机に向かって万年筆を握り、作詞や小説の原稿用紙に向き合う日々を何十年も継続していました。
1990年代以降はクラブの経営から退き、執筆活動と静かな暮らしへとシフトしていきました。過剰な人付き合いを断ち、親しいごく一部の知人とのみ交流を保つ生活を選んだため、一部では「隠遁生活」「体調不安」などと取り沙汰されることもありました。しかし実際には、自らの美学が許さない衰えを他者に見せることを潔しとしない、徹底した自己規律の表れでした。
晩年は持病の治療のため入退院を繰り返していましたが、2014年9月6日、心不全のため東京都内の病院で死去(享年77)。最期まで他者に頼り切ることなく、自らの人生の幕引きすらも自分自身の美学の中で完結させた見事な生涯でした。