1970年11月25日、東京・市ヶ谷の自衛隊駐屯地で起きた衝撃的な事件は、日本のみならず世界中に大きなショックを与えた。自主防衛組織「楯の会」のメンバーを引き連れて決起した彼は、自らの美学と政治的意志を社会に突きつけ、その生涯を自決という形で締めくくった。
その直前、大手出版社である新潮社の担当編集者に手渡されたのが、壮大な四部作『豊饒の海』の最終巻『天人五衰』の最終原稿だった。最後の原稿用紙の末尾には、命を絶つ当日の日付が静かに記されていたという。出版業界において、自らの死と引き換えに完結させた作品の引き渡しは、前代未聞の事件として記憶されている。
また、彼の没後に発見された書簡やノート、未発表のメモ類は、彼が抱いていた死生観や創作への葛藤を物語る貴重な資料として、現在も研究者たちによって細かく検証されている。死の直前まで緻密に計画された作品発表のプロセスは、自らの人生そのものを作品として完成させようとした執念の表れと言えるだろう。