「甲冑を着た武将は重すぎて動けなかったのではないか」という疑問は少なくありません。実際、戦国時代甲冑の重さは平均して約15kg〜25kgに達します。現代の陸上自衛隊や各国の歩兵が携行するフル装備(約20kg〜30kg以上)と比較すると、ほぼ同等かやや軽い水準です。当世具足は肩だけで支えるのではなく、胴のくびれを利用して重量を骨盤(腰)で均等に支える構造になっていたため、装着時の体感重量は数値よりもはるかに軽く、走る・跳ぶ・槍を振るうといった激しい動作が可能でした。
この装甲設計に最大のパラダイムシフトをもたらしたのが、1543年の火縄銃と甲冑の歴史的な遭遇です。従来の小札(こざね:小さな鉄板や革を紐で編み連ねたもの)では鉛の弾丸を防ぎきれず、戦国中期以降は一枚板の鉄板を用いた「一枚胴」や「仏胴」、さらには「雪ノ下胴」などの強固な板金構造が急速に普及しました。
当時の甲冑師たちは完成した鎧に実際に火縄銃を撃ち込み、貫通しなかった証拠として弾の凹み(弾痕)をそのまま残して武将に納品しました。これを「試し胴(ためしどう)」と呼び、防弾性能の絶対的な品質保証として珍重された歴史が残っています。実証実験と改良の連続こそが、甲冑の防御力を極限まで高めました。