この山は単なる絶景スポットにとどまらず、深遠な文学と歴史の薫りを今に伝える場所でもある。山岳随筆集『日本百名山』の著者である深田久弥は、山頂そのものの地味さとは対照的に、峠からの景色とそこに刻まれた歴史的ロマンを高く評価した。山の歴史を語る上で欠かせないのが、文豪・中里介山が著した未完の大作である歴史小説、小説『大菩薩峠』の存在だ。
幕末の動乱期を舞台に、虚無の剣士・机竜之助を主人公として描かれた物語は、当時の読者を熱狂させ、日本の大衆小説の金字塔となった。のちの時代には、市川雷蔵や仲代達矢といった名優たちが主演を務めた映画『大菩薩峠』としても幾度となくスクリーンに描かれ、その名は全国へと広がっていく。山梨県甲州市の豊かな自然に包まれた大菩薩峠に佇む「介山荘」や記念碑は、かつて文豪が描いたロマンを追体験しようとする歴史ファンや文学好きの登山客を温かく迎えている。