犯人である君野康弘は鹿児島県出身で、中学校を卒業後に陸上自衛隊へ入隊した経歴を持ちます。除隊後は職を転々とし、トラック運転手や土木作業員などを務めていましたが、対人関係のトラブルや重度のアルコール依存によって社会生活が次第に破綻していきました。
神戸市長田区のアパートに移り住んでからは生活保護を受給し、昼間から酒を飲んで近隣とトラブルを起こすなど、地域社会から孤立した生活を送っていました。公判で実施された精神鑑定では、「軽度の知的障害」および「アルコール依存症」が認められたものの、善悪の判断能力や行動制御能力を完全に失っていたわけではなく、「完全責任能力」を有していたと結論付けられています。
公判廷に現れた君野は、事件の核心について曖昧な供述を繰り返し、自身の犯した罪の重大さに真摯に向き合う姿勢を欠いていました。この責任能力の有無と程度は、後の裁判における量刑判断の最大の争点となっていきます。