政界を去った後の細川護煕氏が選んだのは、政治権力とは対極にある「土と炎」の世界でした。1938年(昭和13年)1月生まれの細川氏は、現在88歳の米寿を迎えました。傘寿を過ぎてなおその創作意欲は衰えを見せず、神奈川県湯河原町の山中に構えた工房兼住居「不東庵(ふとうあん)」にて、晴耕雨読を地で行く創作活動を続けています。
還暦の60歳を機に陶芸の世界へ飛び込んだ細川氏は、人間国宝の辻清明氏らに師事し、作陶の技術を一から叩き込みました。信楽、備前、唐津、楽焼など多彩な技法を自家薬籠中の物とし、国内外で個展を開催するほどの腕前を誇ります。近年は陶芸にとどまらず、書や水墨画、油彩画、さらには漆芸にまで表現の幅を拡張。京都の大本山・建仁寺塔頭への障壁画奉納や薬師寺への作品献納など、現代を代表する文化人・アーティストとして確固たる地位を築き上げています。
毎日の規則正しい生活の中で土を練り、筆を走らせ、自然の移ろいとともに思索を深める姿勢は、かつての権力中枢にいた人物とは思えないほど静謐そのものです。世俗の喧騒から距離を置きつつも、日本の美意識と精神文化を体現するその生き様は、多くの美術愛好家や後進から高い敬意を集めています。