新潟県の山あいの村から鞄一つで上京し、昭和の名人・初代林家三平の門を叩いた田鹿光雄青年。彼こそが後の林家こん平である。師匠譲りのサービス精神と、持ち前の威勢の良さはすぐに頭角を現した。
代名詞となった決めゼリフ「チャラーン」は、最初から完成されたギャグではなかった。楽屋裏でのちょっとした掛け声や地方公演での客席とのコール&レスポンスを重ねる中で自然発生的に磨かれたものだ。「どんなに客席が重くても、両手を広げて大声を出せば空気が一瞬で入れ替わる」。師匠から教わった大衆への愛と、泥臭いまでの客席ファーストの精神が結実した瞬間だった。敷居が高く思われがちな伝統芸能の枠組みを吹き飛ばし、一瞬で観客の心を掴む魔法のフレーズとして完成したのである。