琵琶法師と聞いて多くの日本人が真っ先に連想するのが、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の『怪談』で世界的に知られた「耳なし芳一」の物語でしょう。赤間関(現・山口県下関市)の阿弥陀寺を舞台に、平家の亡霊に招かれた盲目の琵琶法師・芳一が、全身にお経を書き忘れられた耳をもぎ取られる恐怖譚です。
しかし、近現代のサブカルチャーやネット言説において、この「耳なし芳一」が歴史的事実そのものであるかのように混同されているケースが散見されます。調査報道の視点から、この俗説の裏にある史実と虚構の境界を整理しておく必要があります。
まず、芳一の直接の原典は、江戸時代中期の儒学者・荻田安静が著した奇談集『一刻話(いっこくばなし)』(1686年刊)所収の「琵琶法師芳一の事」です。小泉八雲はこの江戸怪談を英語で翻案し、世界へ向けて発信しました。つまり、芳一の物語は壇ノ浦の合戦から約500年も経過した江戸時代に創出された都市伝説・怪談劇にすぎません。
では、なぜこの怪談がこれほど真に迫って語り継がれたのでしょうか。それこそが、前述した「琵琶法師=怨霊の鎮魂者」という民衆の根強い認識の残滓です。「平曲の調べは死者の霊を呼び寄せる」「平家の怨霊は今も自らの無念を琵琶法師に語らせたがっている」という中世以来の呪術的リアリティが、芳一というキャラクターを通じて怪談の形へと純化されたのです。怪談というエンターテインメントの枠組みが、かえって琵琶法師が背負っていた怨霊鎮魂の過酷な歴史的リアリティを雄弁に物語っています。