平安神宮に関して最も多い誤解の一つが、「平安時代から続く古代の神社である」という認識です。社殿の歴史を紐解くと、創建は1895年(明治28年)3月15日。平安遷都1100年を記念し、当時の京都市民と全国の有志の手によって建立されました。
明治維新に伴う東京奠都(とうきょうてんと)によって天皇と首都機能が東へ移り、当時の京都は人口が激減し、産業も急速に衰退する未曾有の危機に直面していました。その失意と荒廃から立ち上がるため、第4回内国勧業博覧会の開催とともに、京都の原点である平安京の威容を蘇らせようとした一大復興プロジェクトこそが平安神宮の始まりです。
御祭神には、平安京を開いた第50代桓武天皇と、幕末の動乱期にあって平安京最後の天皇となった第121代孝明天皇(1940年に合祀)の2柱が祀られています。まさに「京都の始祖と終幕」を守護神として仰ぐ構成です。
社殿は、平安京の大内裏正庁であった「朝堂院(ちょうどういん)」を約5/8の規模で再現したものです。正門にあたる「応天門」、中央に座す「大極殿」、左右に翼を広げる「蒼龍楼」「白虎楼」など、平安時代の宮廷建築様式を今に伝える貴重な遺構として国の重要文化財に指定されています。
神宮へと続く神宮道に堂々とそびえる大鳥居は、1929年(昭和4年)に昭和天皇の即位大礼を記念して建てられたもので、高さ24.4メートル、柱間18メートルという国内有数のスケールを誇ります。岡崎の景観を象徴するこの大鳥居は、国の登録有形文化財にも登録されており、遠景からでも圧倒的な存在感を放ちます。
また、毎年10月22日に執り行われる平安神宮の時代祭は、この創建事業と軌を一にして始まった歴史を持ちます。延暦時代から明治維新に至る各時代の装束・風俗を忠実に再現した約2,000人・約2キロメートルに及ぶ大行列は、市民自らが京都の生きた歴史を継承する壮大な野外絵巻として世界的な評価を得ています。