メディアではしばしば「犬猿の仲」とセンセーショナルに書き立てられた談志と歌丸ですが、実際の人間関係は単純な対立構造ではありませんでした。二人の根底にあったのは、落語という伝統芸能への凄まじい執着と相互リスペクトです。
歌丸は晩年のインタビューや自著において、当時のストライキについて次のように率直に述懐しています。「談志さんの頭の回転の速さとプロデュース能力には誰も敵わなかった。ただ、当時の私たちは若く、自分たちの落語家としてのアイデンティティを守るのに必死だった。談志さんがいなければ、今日の笑点も、落語家としての桂歌丸も存在しなかった」と。
一方の立川談志も、公の場では毒舌を交えつつも、歌丸の落語に対する真摯な姿勢と確かな芸腕を誰よりも高く評価していました。1990年代以降の特番対談などで顔を合わせた際、二人が見せた阿吽の呼吸と互いを認め合う柔らかな表情は、かつての衝突が「本気で芸と向き合った者同士の必然の摩擦」であったことを物語っています。