ネット上でしばしば囁かれる「前事務所との金銭トラブル説」や「大手メジャー主導による急激な商業化」という言説は、事実関係を照らし合わせると明白な誤解であることが分かります。
第一に、独立は敵対的なものではなく、前事務所代表への感謝とリスペクトを保ったまま行われた暖簾(のれん)分けに近い形でした。旧来のインディーズ出自の事務所規模では、世界配信やドーム級の演出機材、多角的な知財ビジネスを支える資本力に限界が生じていたことが、プロジェクト新設の主たる要因です。
第二に、「商業主義化して作風が変わった」という批判に対しては、大森が中学生時代から書き溜めていた膨大なデモ音源の存在が反証となります。実は、フェーズ2で発表された実験的なトラックや壮大なオーケストレーションの萌芽は、メジャー初期から既に試みられていました。5ピースバンドという物理的制約から解放され、DTM(デスクトップミュージック)や多彩な客演を自由自在に取り込める環境を手に入れたからこそ、本来持っていた音楽的多様性が一気に具現化したに過ぎません。
【プロの結論】クリエイターのバーンアウト構造とフェーズ2を楽しめる人の判断基準
社会心理学および音楽産業構造の視点からこの活動休止を分析すると、日本型バンドカルチャー特有の「家族主義的同調圧力」からの健全な脱却という側面が見えてきます。10代から苦楽を共にした仲間であっても、個人の成熟に伴って価値観や生活への優先順位が分岐するのは自然な発達プロセスです。
初期のミセスは、天才的なソングライターである大森に全クリエイティブの負荷が集中する「ワンマン依存構造」にありました。休止と脱退という痛烈な外科手術を行わなければ、大森自身のメンタルヘルスの崩壊や、グループ全体の修復不能な空中分解を招いていた可能性は極めて高いといえます。心理的バウンダリー(境界線)を引き直し、ビジネスと友情を適切に切り分けたことこそが、現在の息の長い活躍を支えています。
以上の背景を踏まえ、現在のMrs. GREEN APPLEを心から享受できる人と、違和感を抱きやすい人の基準は以下のように整理できます。
- フェーズ2のミセスを深く楽しめる人:ジャンルの越境を楽しみ、J-POPの枠組みを超えたエンターテインメントショーとして音楽を体験したい人。大森のボーカリストとしての表現力の極致を追いたい人。
- 距離を置いた方が無難な人:いわゆる「5人組ロックバンドの生々しい初期衝動」や、歪んだギターと泥臭いアンサンブルのみをアイデンティティとして求める人。