本作が「心理サスペンスの極致」と評される最大の要因は、ジョーンの張り巡らせた無意識の嘘が剥ぎ取られていくプロセスにあります。クリスティーは、人間の精神に巣食う狡猾な自己防衛を緻密に描き出します。
夫ロドニーがかつて抱いていた農場主への夢を「家族のため」という名目で挫折させ、弁護士の道へと縛り付けたこと。ロドニーが心惹かれていた未亡人レスリー・シャーストンに対して取った陰湿な排除工作。そして、子どもたちが母である自分に決して本心を明かさず、恐れと諦めの中で育っていったという紛れもない事実が次々と浮き彫りになります。
自分が良かれと思って振る舞ってきた言動のすべてが、実は他者への支配欲とエゴイズムに過ぎなかったという気づき。読者はジョーンの醜悪さに嫌悪感を抱きつつも、どこか自分自身の日常にも重なる身勝手さを見出さざるを得ず、逃げ場のない恐怖に囚われます。