日常会話で広く親しまれている「臨月」ですが、日本の産婦人科学における公式な医学用語集にはその名称が存在しません。古くから「出産に臨む月」という意味で用いられてきた日本固有の慣用表現であり、現在の妊娠週数計算に当てはめると妊娠10ヶ月(妊娠36週0日〜39週6日)の4週間を指します。一方、産婦人科医や助産師が赤ちゃんの成熟度と分娩の安全性を判断する基準としているのが正期産(妊娠37週0日〜41週6日)という医学区分です。
ここで最大の落とし穴となるのが、妊娠36週(臨月の第1週)における出産の扱いです。日本産科婦人科学会の基準において、妊娠22週0日から36週6日までの出産はすべて「早産」に該当します。妊娠36週に入ると赤ちゃんの推定体重は2,000〜2,500g前後に達し、超音波エコーでもふっくらとした新生児らしい姿が見られるようになりますが、胎児の呼吸を司る肺機能(肺胞の拡張を助けるサーファクタントの分泌)は、まさにこの36週前後に完成へと向かう途上にあります。そのため、36週台で産声をあげた場合、新生児一過性多呼吸などの呼吸不全を起こし、新生児集中治療室(NICU)での管理が必要になるリスクが37週以降に比べて有意に高くなります。
医療関係者が「37週に入るまでは安静に」と口を酸っぱくして伝える背景には、胎児の生存率ではなく「自力で安定して呼吸できる成熟度」を確実に担保するという絶対的な医療安全のボーダーラインがあるからです。「臨月に入った=もういつ産んでも良い」という理解は早計であり、36週は身体を休めてお腹の中で赤ちゃんを育み切る最終調整期間、37週以降がいよいよゴーサインの出る正期産期間という住み分けを正しく胸に刻む必要があります。