復員輸送が一段落すると、日本の海運業は再建の道を模索し始めた。GHQの管理下で、徐々に商業活動が再開された。しかし戦争で失った船舶は膨大だった。残った船も老朽化していた。
盛運丸の正確な最期は記録が残っていないが、多くの同型船と同様、1950年代初頭に解体されたと考えられる。戦時の酷使で船体は疲弊し、修理するより新造船を建造する方が経済的だった。
鉄くずとなった盛運丸の鋼材は、おそらく再利用された。戦後復興のビルや橋、あるいは新しい船になったかもしれない。物理的な船体は消えたが、その役割は形を変えて日本の復興に貢献し続けた。