広島への原爆投下を理解するうえで起点となるのが、1942年にアメリカで本格始動したマンハッタン計画です。ナチス・ドイツの核開発に危機感を抱いた科学者たちのアインシュタイン=シラードの手紙を契機に、当時のルーズベルト大統領が巨額の国家予算とトップクラスの科学者を投じて極秘裏に原爆開発を推進しました。
1945年7月16日、アメリカ・ニューメキシコ州のアラモゴードで人類初の核実験「トリニティ実験」が成功。すでにドイツが降伏していたにもかかわらず、標的は太平洋戦線で抵抗を続ける日本本土へと絞られていきました。
そして原爆投下日時となった1945年8月6日午前8時15分、マリアナ諸島テニアン島から飛び立った米軍のB-29爆撃機「エノラ・ゲイ」(ポール・ティベッツ大佐操縦)が、広島市上空約9,600メートルからウラン型原子爆弾「リトルボーイ」を投下。地上約600メートルの高度で炸裂し、未曾有の惨禍を引き起こしました。