ひろゆき氏の足跡を語る上で欠かせないのが、1999年5月の「2ちゃんねる(2ch.net)」開設です。当時、中央大学文学部教育学科に在籍していた同氏は、アメリカ・アーカンソー州のアーカンソー中央大学へ留学中、滞在先のアパートで掲示板プログラムを組み上げました。
当時の日本のインターネットは、実名主義や厳格なマナーを重んじるコミュニティが主流でした。そこへひろゆき氏が持ち込んだのが「完全匿名制」「転送量の軽さ」「自由奔放なスレッドフロート構造」です。「嘘を嘘と見抜けないと(掲示板を使うのは)難しい」という名言に象徴される徹底した放任主義は、利用者に強いカタルシスを与え、サイトは爆発的なトラフィックを獲得していきました。
学生起業家として一躍脚光を浴びたひろゆき氏は、2000年代初頭から合資会社東京プラスの代表や有限会社未来検索ブラジルの取締役などを兼任。ドワンゴの取締役として「ニコニコ動画」の立ち上げにも参画するなど、黎明期の国産ウェブサービスにおける中心人物として確固たる地位を築いていきました。