2人の歩みを振り返る上で欠かせないのが、1995年11月に行われた結婚当時の世間の熱狂とバッシングです。当時、田中美佐子は数々の主演ドラマを抱えるトップ女優であり、推定年収は1億円超とも報じられていました。対するTake2の深沢邦之は、まだブレイク前の若手芸人で、月収は約10万円ほど。この圧倒的な開きから、メディアは「年収格差100倍婚」とセンセーショナルに書き立てました。
田中美佐子と旦那・深沢邦之の馴れ初めは、同じ芸能事務所(浅井企画)に所属していた先輩・後輩関係から始まります。深沢邦之が田中美佐子の付き人を務めていた時期があり、気配り上手で誰に対しても誠実な深沢の人柄に、田中が絶大な信頼を寄せるようになりました。
さらに田中美佐子が7歳年上という年齢差もあり、深沢側は当初、周囲の目や男としてのプレッシャーから結婚に踏み切ることを躊躇していました。しかし、田中の「私が稼いでいるのだから何も問題ない」という男勝りで潔い後押しを受け、2人はゴールインを果たしました。深沢邦之の年収格差を物ともせず、互いの本質を見据えて結ばれた姿は、当時の既成概念を大きく覆すものでした。