木原がスケート靴を履いたのは4歳の頃だった。喘息の克服や体力をつけることが最初のきっかけだったが、あっという間に氷の魅力に取り憑かれた。早朝や深夜に及ぶリンクへの送迎は、父・博文氏をはじめとする家族の日課となった。
睡眠時間を削って車を走らせる日々。まだ幼い木原がリンクで何度も転び、涙を流しながら起き上がる姿を、博文氏は見守り続けた。「本人がやりたいと言う限りは応援する」。それが父の信念だった。高額な競技費用に直面した際も、諦めるという選択肢を提示することは一度もなかった。息子の夢を信じ抜く決断が、のちの世界王者の原点となったのだ。