スタジオジブリが日本テレビ放送網の傘下に入るという歴史的決断を下した背景には、天才プロデューサー鈴木敏夫による緻密な計算があった。経営基盤を確固たるものにしながら、クリエイティブの独立性をいかに維持するか。その方程式の解が、外部の強力な才能との有機的な連携だった。
鈴木敏夫はかねてより、ジブリの後継者問題に対する現実的な解決策を模索してきた。後継者を自社内だけで育成することの難しさを痛感していた彼は、庵野秀明という唯一無二の異才を潤滑油として活用することで、ジブリの遺伝子を次世代へ引き継ぐ道筋をつけたのだ。