ネット上の掲示板や知恵袋、コミュニティサイトでは、水上功治の活動休止に関して「病気で倒れたのではないか」「急死したのではないか」といった根拠のない死亡説や重病説が囁かれることがありました。しかし、これらは公の場に出なくなったことによる典型的な憶測の拡散であり、事実無根です。
昭和から平成にかけての声優業界の構造を紐解くと、水上功治が選んだ引き際の本質が見えてきます。
1990年代中盤、声優業界は「第3次声優ブーム」の波に突入しました。アニメソングの音楽活動、ラジオパーソナリティ、写真集の発売、イベント出演など、声優に対して「アイドル的人気・タレント性」を強く求める風潮が急速に強まりました。
一方で、劇団出身で「裏方としての職人演技」「舞台俳優としての矜持」を重んじる世代の俳優たちの中には、商業主義的な声優ブームの変遷や当時の制作環境の変化に違和感を覚え、静かにアニメの第一線から身を引いたり、ナレーション専門や一般職へと完全にシフトしたりする例が相次ぎました。水上功治のフェードアウトも、こうした時代変化と自身のキャリア観を踏まえた自律的な選択であったとみるのが業界関係者の共通した見解です。