早稲田大学を中退後、若き日の彼が足を踏み入れたのは、唐十郎が率いる「状況劇場」の紅テントであった。1960年代後半、既成の演劇空間を拒絶し、神社境内や空き地に突如現れる赤いテントは、当時の若者たちのエネルギーが爆発する熱狂の渦そのもの。その混沌とした舞台の上で、彼は一際異彩を放つ俳優として頭角を現していく。
さらに彼の運命を大きく変えたのが、暗黒舞踏の創始者である土方巽との出会いだ。言葉による論理を解体し、肉体そのものが持つ狂気や情念を曝け出す土方の舞踏美学に深く共鳴した青年・麿赤兒。鋭い身体感覚と研ぎ澄まされた集中力は、まさに土方が求めた「肉体の変容」を体現する格好のキャンバスであった。