「十一屋」という屋号の原点を語る上で欠かせないのが、大手百貨店・松坂屋の創業者である伊藤次郎左衛門祐道の存在です。織田信長の小姓を務めた伊藤祐広の子孫である祐道は、清洲越しによって城下町が整備された直後の1611年(慶長16年)、名古屋の本町において呉服小間物問屋を開業しました。これが松坂屋の直接の創業とされています。
屋号の「十一屋」および有名な「丸に十一」の商標は、漢数字の「十」と「一」を縦に組み合わせると「土」という文字になることに由来します。これには「すべての万物を生み出す土のように、確固たる基盤を築いて繁栄する」という祈祷的な意味合いや、熱田神宮・恵比寿信仰との結びつきが込められていました。
その後、伊藤家は江戸へ進出し、1768年(明和5年)には上野の老舗呉服店「松坂屋」を買収します。屋号を「いとう松坂屋」へと改め、やがて全国展開する近代百貨店「松坂屋(現・J.フロント リテイリング)」へと飛躍を遂げました。日本の近世商業を切り拓いたパイオニアとして、十一屋の名は経済史に深く刻まれています。