松山千春が結婚を発表したのは、自身が30歳の誕生日を迎えて間もない1985年12月26日のことでした。お相手は当時26歳だった一般女性の金子孝子さんです。希代のフォークスターが選んだ伴侶として、当時のスポーツ紙やワイドショーはこぞってこの慶事を大きく報じました。
二人の馴れ初めは、松山千春が1977年に『旅立ち』で鮮烈なメジャーデビューを果たす前、札幌で活動していたアマチュア時代にまで遡ります。共通の知人を介して知り合った二人は、派手な交際を好まず、静かに愛を育んでいきました。デビュー後の爆発的な大ブレイクや過密スケジュール、体調の浮き沈みを経験する千春を、孝子さんは陰日向となって献身的に支え続けました。実に約10年近くに及ぶ長い交際期間を経て結ばれた、まさに「盟友」とも呼べる純愛の結実でした。
年が明けた1986年1月25日、北海道・札幌パークホテルにて盛大な結婚披露宴が開催されました。会場には音楽業界関係者のみならず、千春と長年親交の深い政財界の重鎮、プロスポーツ選手、地元北海道の恩人ら総勢数百名規模のゲストが集結。千春本人はトレードマークであったタキシード姿で堂々と登壇し、普段の豪快な語り口の中に時折照れ笑いを浮かべながら、生涯を共にするパートナーへの感謝を口にしました。
披露宴のクライマックスでは、参列した盟友ミュージシャンたちによる生演奏が繰り広げられ、会場全体が感動の渦に包まれました。メディアの過剰な取材攻勢から一般人である妻を守るため、入念な配慮がなされた上での宴であり、千春の男気と気配りが隅々まで行き届いた伝説の一夜として語り継がれています。