なぜ拓銀は潰れたのか?都市銀行初の破綻劇とカブトデコン融資の真相

なぜ拓銀は潰れたのか?都市銀行初の破綻劇とカブトデコン融資の真相

なぜ拓銀は潰れたのか?都市銀行初の破綻劇とカブトデコン融資の真相について知っておくべき 注意点を厳選して解説いたします。

北海道拓殖銀行が破綻に至った決定的な理由は、バブル期の無軌道な投機的融資と、バブル崩壊後に不良債権処理を先送りし続けた「不作為の経営」にあります。拓銀は全国に張り巡らされた都市銀行(都市部に拠点を置く大手普通銀行)の13行の一角でありながら、他の上位メガバンクに比べて資金力や預金量で劣るという焦りを常に抱えていました。

高度経済成長期を経て道内経済のパイが頭打ちになると、拓銀は活路を求めて東京や大阪などの本州へ本格進出を図ります。しかし、すでに優良企業には既存の大手銀行ががっちりと食い込んでいたため、拓銀が手を出したのはハイリスク・ハイリターンの不動産開発やノンバンク、ゴルフ場・リゾート関連融資でした。これが後に致命傷となる不良債権の山を築く発端となります。

1990年代初頭のバブル崩壊後、地価の暴落とともに投融資先が次々と破綻。拓銀は巨額の不良債権を抱え込みました。さらに1997年に入ると、同じ道内ライバルである北海道銀行との救済合併交渉が決裂。市場からの信用を一気に失った拓銀は、短期金融市場(コール市場)で日々の決済資金を調達できなくなり、ついに1997年11月17日、資金ショートによる実質的な債務超過を理由として自力再建を断念しました。

中島 亮太
Author

中島 亮太

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。