1995年から1999年にかけて、彼が「てれび戦士」として出演していた時期は、番組にとっても黄金期の一つだった。ドイツ系アメリカ人の父親と日本人の母親を持つ彼は、その端正な容姿から「静かな美少年」としての活躍を期待されていた。しかし、実際のカメラの前で彼が見せたのは、関西弁混じりの軽快なトークと、自ら進んでオチを取りに行く貪欲な笑いのセンスだった。
当時のスタジオ裏では、過密な収録スケジュールと過酷なレッスンが日常茶飯事だった。幼い子供であってもプロとしての立ち振る舞いを求められる現場で、彼は周囲の大人たちの動きを凝視し、間合いの取り方を独学で吸収していった。「ハーフだから英語が話せるだろう」という世間の勝手なイメージに苦悩しながらも、それをバラエティのネタとして昇華させていく強かさは、既にこの頃から芽生えていたと言える。子役という枠に収まらない彼の存在感は、視聴者のみならず現場のプロデューサーたちをも驚かせた。