「日本三大美女」という言葉を聞いた際、多くの人が「歴史上の人物3人」を指すのか、それとも「三大美人の県(地域)」を指すのかで戸惑います。結論から言えば、現在広く共有されているのは秋田県・京都府・福岡県(博多)という3つの地域を指す概念です。
歴史上の特定の人物に焦点を当てた場合、平安時代の歌人である小野小町をはじめ、古代の衣通姫(そとおりひめ)、平安末期の藤原薬子や静御前などが候補に挙がります。特に小野小町は、現在の秋田県湯沢市(旧雄勝町)が出身地と伝えられており、「歴史上の絶世の美女」の象徴がそのまま秋田美人のルーツと結びつけられる決定打となりました。
では、なぜこの3地域がセットで固定化されたのでしょうか。大正から昭和初期にかけての発行物や近代ツーリズムの記録を紐解くと、鉄道網の発達とともに日本国有鉄道(国鉄)や新聞社、旅行雑誌が主導したご当地キャンペーンが大きく影響しています。古都の気品を象徴する「京美人」、北国の雪肌を誇る「秋田美人」、そして大陸交流の玄関口として華やいだ「博多美人」という、対比が鮮明な3拠点がメディアによって選定され、大衆文化の中に定着していきました。