リニア中央新幹線の計画において、最大の焦点となってきたのが「なぜ2027年の開業目標が断念されたのか」という疑問です。その核心にあるのが、南アルプストンネル建設に伴う「静岡工区(約8.9km)の着工遅れ問題」でした。
静岡県側(大井川流域の自治体・利水団体)は、トンネル掘削によって大井川の地下水が山梨県側や長野県側へ流出し、下流域の約62万人の生活用水・農業用水・工業用水に深刻な減水被害が及ぶこと、ならびに南アルプスユネスコエコパークの脆弱な高山植物生態系が損なわれる懸念を強く主張。前知事時代には工事着工の前提となる協定締結が完全に膠着状態に陥っていました。
事態の打開に向け、国土交通省の有識者会議による科学的・工学的議論、JR東海による「掘削期間中に県外へ流出した湧水と同量を田代ダムの取水抑制によって大井川へ戻す案(田代ダム案)」の提示など、粘り強いリスク低減策が講じられてきました。さらに、静岡県知事の交代以降、県とJR東海・国による実務協議が段階的に再開。水資源のモニタリング体制の強化や環境保全措置の具体化が進められています。
しかしながら、南アルプストンネル静岡工区のような超難関山岳トンネル工事には、着工から完成まで最低でも10年前後の歳月を要します。そのためJR東海は2027年の開業を正式に見直し、「2034年以降」の品川〜名古屋間開業を現実的なターゲットに据えて工程の再構築を図っています。単なる政治的対立を超え、大規模インフラ開発と地域環境・水利権の調和という、現代日本が直面する構造的課題が浮き彫りになった事例といえます。