夕闇が迫る薄暮の斜面、泥まみれの服を着た農民が、大地を力強く踏みしめながら右手を大きく振りかぶり、無心に麦の種をまいています。左手には種を入れた袋を抱え、荒々しい筆致で描かれた背景には、まかれた種を狙う黒い鳥の群れが不吉に飛び交う。画面の奥にはかすかに牛を使って土を耕す農夫の姿が見えます。
ジャン=フランソワ・ミレーが描いた『種まく人』を前にしたとき、観る者がまず圧倒されるのは、従来の牧歌的な農村画とはかけ離れた「記念碑的な重量感」です。当時の西洋絵画において、働く農民は風景の点景(添え物)か、無邪気で陽気な田舎者として理想化されて描かれるのが通例でした。しかしミレーは、大地と格闘する無名の労働者を画面いっぱいに巨大に配置し、英雄や神話の神々と同じスケールでカンヴァスに刻み込みました。
農民の顔立ちに明確な個性の描写はなく、帽子の深い影に覆われて表情をうかがい知ることはできません。ミレーは特定の個人を描いたのではなく、過酷な自然の中で黙々と生きる「人間そのものの営み」を普遍化させたのです。ノルマンディー地方の敬虔な農家に生まれたミレーは、友人への手紙の中で次のように告白しています。
「私には自然の陽気な側面が見えた試しがない。私に見えるのは、その悲哀と荘厳さだけだ。私は農民として生まれ、農民として死んでいく」
この言葉通り、本作に込められているのは、単なる貧困の告発でも安易な感傷でもありません。生きるために泥にまみれ、不毛に見える大地に命の種を託す人間の原初的な尊厳が、濃密な陰影の中に宿っています。