うさぎの楽園という明るい顔の裏側に、大久野島には決して風化させてはならない暗黒の歴史が刻まれています。1929年から終戦の1945年にかけて、島内には旧陸軍造兵廠火工廠忠海兵器製造所が置かれ、マスタードガス(びらん剤)やルイサイトなど致死性の高い毒ガスが大量に製造されていました。
軍事機密を保持するため、当時の一般向け地図から大久野島の存在そのものが塗りつぶされて消されたという経緯があります。現在島内にある「大久野島毒ガス資料館」では、実際に使われた防護服や製造器具、工員たちの過酷な被毒記録が展示されており、訪れる人々に戦争の無残さと平和の重みを静かに伝えています。
島内を歩くと、蔦に覆われた「発電所跡」や「毒ガス貯蔵庫跡」、頑丈なコンクリート造りの「北部砲台跡」など、廃墟・産業遺構が多数現存しています。愛らしいうさぎたちと重厚な近代化遺構が隣り合わせに存在する独特の景観は、世界中を探してもここにしかありません。