1950年(昭和25年)の創業以来、新川の地で暖簾を守る「津々井」。現在の厨房を牽引する2代目総料理長・越田武シェフが掲げる哲学は明確です。フランス料理の重厚な技法を骨格としながらも、白米に合い、日本人が口にした瞬間に心から安らげる味わいを追求すること。この思想こそが店名にある「にっぽんの洋食」の原点となっています。
同店の代名詞としてメディアでも幾度となく取り上げられる「名物 トロトロオムライス」ですが、この唯一無二の料理が誕生した背景には、厨房の現場ならではの必然性がありました。越田シェフが過去の取材や手記で明かしているところによると、きっかけは厨房の合間に素早くかき込む「賄い(まかない)」でした。忙しい仕込みの合間、冷やご飯に卵と特製ケチャップソースを最初から混ぜ合わせ、強火のフライパンで一気にリゾット状に仕上げて食べたのが始まりだったといいます。
さらに、この賄いをメニュー化へと押し上げたのは、高齢で歯が悪くなった常連客への深い配慮でした。「噛まなくても喉を滑り落ちるような、優しくて滋味あふれるオムライスを出せないか」。試行錯誤の末、卵とケチャップライスを絶妙な火加減で乳化させ、外側は薄くまとめつつ内部を極限までトロトロに保つ職人技が完成しました。皿の上で美しいアーチを描き、自家製トマトソースと深いコクを誇るデミグラスソースが紅白のように美しくかけられた一皿は、単なるインスタ映えにとどまらない、調理人の人間味と誠意が生み出した傑作です。