この不朽のネタはいかにして生み出されたのか。当時のインタビューや自著で語られた制作背景によると、特別な計算やマーケティングから生まれたものではなく、二人の日常的な雑談と悪ふざけの延長線上にありました。
笑い飯のネタ作りは、机に向かって台本を書き上げるスタイルではなく、喫茶店や居酒屋で互いに思いついた奇抜なシチュエーションを投げ合う形で行われます。哲夫がふと発した「もし頭だけ鳥のやつが来たらどうする?」という荒唐無稽な問いかけに対し、西田が「手羽先落としたときに拾ってくれたら嫌やな」と返したことから、鳥人の輪郭が形成されていきました。
しかし、思いつきのアイデアを舞台で通用する4分間の競技漫才に昇華させる道程は過酷を極めました。劇場での試演を幾度となく重ね、どのフレーズで観客の想像力が最大化されるか、どのタイミングでボケを交代すればテンポが崩れないかをミリ単位で調整。二人の鬼気迫る執念と、長年培った阿吽の呼吸があって初めて、あの完璧な舞台が完成したのです。