2011年オフは、杉内俊哉だけでなく、チームの主軸であった川崎宗則のメジャー挑戦や、最多勝右腕ホールトンの巨人移籍など、主力の流出が相次ぐ異例の事態となりました。これにより、ファンや一部メディアからの小林至球団統括本部長に対する評価は一時的に厳しさを極めました。
小林至氏は、東京大学野球部からドラフト指名(ロッテ)を受け、引退後にコロンビア大学でMBAを取得した異色の経歴を持ちます。彼が導入を目指したのは、感情論を排したセイバーメトリクスに基づく客観的評価と健全な球団経営でした。当時のプロ野球界に根強く残っていた「ゴネ得」や「情による年俸アップ」を廃止し、明確な指標による査定システムを構築しようとした先駆的な試みでもありました。
その先進的なマネジメント手法は、後に三軍制の創設や育成ドラフトの積極活用による常勝軍団形成の強固な基盤となりました。しかし、過渡期においては旧来のプロ野球界の文化や選手の感情との摩擦を避けられず、主力流出という手痛い代償を払うことになったのもまた事実です。