三重県津市出身の琴風豪規は、名門・佐渡ヶ嶽部屋の門を叩いた瞬間から類まれな才能を発揮していた。恵まれた体躯と素直な相撲道への姿勢は、親方衆からも大きな期待を集めていた。新入幕から順調に番付を駆け上がり、十両、幕内、そして三役へとスピード出世を遂げる。土俵際で見せる怒涛の寄り倒しは、対戦相手にとって恐怖そのものだった。
しかし、勝負の世界は残酷だ。破竹の勢いで関脇の地位を固め、横綱への階段を登り始めた矢先、左膝に関節脱臼および靱帯断裂という重傷を負う。当時の医療技術では現役復帰どころか、日常生活に戻ることすら困難とされた怪我だった。