2026年11月、山川選手は「戒め」という言葉を用いながら国内FA権を行使することを表明しました。「西武ファンへの謝罪や恩返しを果たす前にチームを去るのか」という猛批判が巻き起こるなか、長打力不足に泣いていた福岡ソフトバンクホークスが獲得に名乗りを上げました。
12月に入団会見が行われ、小久保裕紀新監督のもとで背番号「25」を背負うことが正式発表されました。しかし、移籍劇はこれだけで終わりませんでした。人的補償を巡る攻防において、当初は一部スポーツ紙で「ベテランの和田毅投手が指名される可能性」が報じられ、ファンの間で大パニックが発生。最終的には剛腕リリーフの甲斐野央投手が西武ライオンズへ移籍することで決着しました。
生え抜きのセットアッパーを失うという代償を払ったことで、ソフトバンクファンの中にも山川選手の加入を手放しで喜べない複雑な感情が生まれました。山川選手は入団会見で深く頭を下げ、「野球で結果を残すこと、そして社会貢献活動を通じて信頼を取り戻したい」と語るしかありませんでした。