現在の運営体制を理解するためには、コースが誕生したバブル期の熱狂と、その後に訪れた経営破綻のプロセスを振り返る必要があります。
和歌山県海草郡紀美野町に位置する同クラブは、世界屈指のプロゴルファーであるゲーリー・プレーヤー設計コースとして1990年代初頭に鳴り物入りで開場しました。山がちな和歌山県にあって「県随一のフラットな丘陵コース」という明確な差別化を図り、フェアウェイの美しさと池やバンカーの巧みな配置で関西圏の腕利きゴルファーを魅了しました。
しかし、豪華なクラブハウスと過剰な初期投資は、バブル崩壊とともに重荷となってのしかかります。決定打となったのが、開場から10年〜15年が経過して一斉に到来したゴルフ会員権の預託金返還問題でした。数千万円単位で集めた巨額の預託金を自力で償還できる余力は、当時の旧経営母体(サンリゾート開発株式会社)には残されていませんでした。
資金ショートに直面した旧社は、裁判所に民事再生法の適用を申請。債務の大部分をカットする法的手続きを経て、最終的に事業を承継したのが株式会社アコーディア・ゴルフでした。かつてメンバーシップのステータスを誇った名門は、預託金の大幅なカットという会員への大きな犠牲を伴いながら、大手資本によるパブリック主体の再生モデルへと舵を切ることになったのです。