1840年代、ヨーロッパ全土を席巻したリストの演奏会では、聴衆が熱狂のあまり叫び声を上げ、女性たちが失神する事態が相次ぎました。この前代未聞の熱狂は、詩人ハインリヒ・ハイネによって「リストマニア(Lisztomania)」と命名され、医学的な集団ヒステリーとして議論されたほどです。
当然ながら女性関係も極めて華やかでした。伯爵夫人マリー・ダグーとの道ならぬ恋による駆け落ち生活や、作家ジョルジュ・サンドとの親交、さらにはロシアの大富豪カロリーネ・ツー・ザイン=ヴィトゲンシュタイン侯爵夫人との情熱的な愛など、相手の多くは知性と身分を兼ね備えた高貴な女性たちでした。
世間からは「希代のプレイボーイ」と揶揄されることも多かったフランツ・リストの女性遍歴ですが、決して不真面目な遊び人だったわけではありません。どの恋愛においても常に情熱的かつ真剣に向き合い、別れた後も相手や子どもたちへの経済的支援を惜しみませんでした。