この事件は、関係するすべての家庭の人生を大きく狂わせました。少年Aの両親は事件後、自宅を手放し、父親は仕事を退職。母親は手記『生きていてすみません』を出版して印税を被害者への弁償に充てましたが、夫婦は協議離婚し、弟たちも進学や就職において過酷な差別と困難に直面しました。
一方、理不尽に命を奪われた被害者遺族の苦しみは今も終わっていません。小学6年生で命を奪われた土師淳(はせ・じゅん)君の父親である土師守さんは、事件以降、犯罪被害者の権利確立のために尽力し続け、手記や講演を通じて命の尊さを訴え続けています。
手記『絶歌』の出版に際しても、遺族側は出版差し止めと回収を強く求めました。遺族にとって少年Aの身勝手な発信は「二重の殺人」に等しく、現在も加害者側からの真摯な直接謝罪や納得のいく説明はなされないまま、深い心の傷を抱え続けています。