柳楽優弥という稀代の才能を世界が認識した瞬間は、あまりにも劇的だった。是枝裕和監督の『誰も知らない』でカンヌ国際映画祭の最年少主演男優賞を獲得したとき、彼はわずか14歳。世界中のメディアがその鋭く透明な眼光を称賛したが、あまりにも早すぎる栄光は若き少年の肩に重く圧し掛かった。
脚光を浴びた直後の葛藤やアイデンティティの模索は長く続いたが、それを脱皮させたのは演技への執着と地道な現場での鍛錬だった。一度は大きな重圧を背負いながらも、泥臭く役柄に向き合い続けることで、若くして「本物の俳優」への脱皮を果たした。その過渡期を傍らで温かく支え続けたのが豊田エリーの存在であり、二人の強い絆の原点はまさにこの苦難の時代に育まれたものだ。