四郎のキャリアにおける最大のハイライトは、当初の志望校ではなく、最終的に「カスカベ産業大学」という三流大学に進学した点にある。かつての昭和的な価値観であれば「妥協」や「敗北」とみなされたかもしれないこの結末が、現代ではリアルな「生存戦略」として絶賛されている。
「身の丈に合った幸せで何が悪いのか」という価値観のシフトが、ここにある。一流企業に入って燃え尽きるよりも、自分のペースを守って生きる。四郎の選択は、決して夢を諦めた敗北宣言ではなく、自分自身のキャパシティを受け入れた大人の決断だったのだ。