ネット上の一部掲示板やクチコミでは、「放水期間外や雨の日は行く価値が激減する」といった言説が散見されますが、これは現場の実態を見落とした誤解です。
雨の日や霧の日は、北アルプスの深い森に立ち込める雲海と水煙が重なり合い、水墨画のような幻想的な「霧幻の黒部」が現れます。また、電気バスの終点である黒部ダム駅やレストハウスの館内には、世紀の難工事を記録した貴重な写真パネルや模型展示が充実しており、天候に左右されず学びを深めることができます。
現地を訪れたなら外せない名物が、アーチ状のご飯でダムのえん堤を、緑色のルーでエメラルドグリーンの湖面を表現したご当地グルメ黒部ダムカレーです。このカレーは、昭和40年代初頭に建設現場の作業員宿舎(クラブハウス)で提供されていた「アーチカレー」をルーツとしています。現在では扇沢レストハウスや黒部ダムレストハウスをはじめ、大町市内の多数の店舗で提供されており、トッピングのカツで放水を模したり、ほうれん草ペーストで鮮やかなグリーンを表現したりと、店ごとの個性豊かな味の食べ比べが楽しめます。
黒部ダムを訪れる際、その景観の美しさだけでなく、完成に至るまでの壮絶な歴史的背景を知ることで体験価値は劇的に深まります。関西電力によるダム建設事業(1956〜1963年)では、延べ1,000万人もの作業員が動員され、7年の歳月と当時の総工費513億円が投じられました。
当時の工事記録や関係者の手記に生々しく綴られているのが、北アルプスの地下奥深くに潜んでいた破砕帯との死闘です。毎秒660リットルもの氷のように冷たい地下水と脆い土砂が噴き出し、わずか80メートルの区間を掘り進めるのに実に7か月を要しました。過酷を極めた工事の中で尊い命を落とした171名の殉職者に対する慰霊碑は、現在もダムえん堤を見守るように静かに佇んでいます。この巨大なコンクリートの壁は、戦後日本の復興と高度経済成長をエネルギー面から支えた人々の不屈の人間ドラマそのものなのです。