山陽の戦いで敗北を喫した廉頗陣営は、魏王から敗戦の責任を追及される形となり、魏国内に留まることが不可能となりました。単行本24巻(第243話「放浪の果て」)において、廉頗は介子坊と姜燕、そして手勢を引き連れて南の大国・楚国への亡命を決断します。
楚国に迎え入れられた廉頗一行は、楚の宰相・春申君の庇護を受け、首都・郢(えい)の近郊に居を構えることになりました。合従軍編の前後でも、楚国内で廉頗とともに戦局を静観する介子坊の姿が描かれています。
介子坊と廉頗の関係性は、単なる主従を超えた深い戦友としての絆で結ばれています。かつて趙国を理不尽に追放された際も、魏国から追われた際も、介子坊は一切の迷いなく廉頗に付き従いました。巨漢で粗暴に見えながらも、主君に対する忠義と敬意は四天王の中でも随一の堅固さを誇ります。
楚国亡命後の介子坊は、楚の正規軍に直接組み込まれているわけではないものの、客将待遇として廉頗軍の戦力を維持し続けています。合従軍の敗戦、春申君の暗殺、媧燐や項燕の台頭といった楚の激動期においても、廉頗の側近として虎視眈々と牙を研いでいる状態です。