浅草の観光中心街から北へ進んだ言問通り以北、いわゆる「観音裏」から千束3丁目方面の風情ある一角に店舗を構えていた浅草の菜苑。長年、夜の街を支える労働者や地元住民、さらには噂を聞きつけて遠方から訪れる愛好家で深夜まで賑わいを見せていました。しかし、浅草の店舗はすでに閉店しており、当時の建物も姿を消しています。
閉店の背景には、昭和から続く建物の老朽化や店主の高齢化、事業承継の難しさといった、東京の下町中華全体が直面している構造的な問題が存在していました。一部で囁かれた「浅草近辺での移転オープン説」についても取材と現地調査を進めた結果、別の場所で屋号を復活させた事実は確認されておらず、浅草の地における菜苑の歴史には明確なピリオドが打たれています。
長年親しんだファンにとっては寂しい現実ですが、後述するようにその系譜とレシピの真髄は完全に途絶えたわけではありません。東京・江東区の亀戸にある兄弟弟子筋の店舗が、そのスピリットと唯一無二の調理法を現在へ引き継いでいます。