時代劇『暴れん坊将軍』の主人公のモデルである徳川吉宗は、江戸幕府の第8代将軍です。徳川宗家の歴史を紐解くと、初代・家康の直系男子による血統支配は、第7代将軍・徳川家継がわずか8歳(数え年)で早世したことによって完全に途絶えました。そこで御三家の一つである紀州藩から迎え入れられたのが吉宗でした。
吉宗の家系図をたどると、紀州藩第2代藩主・徳川光貞の四男(幼名・源六)として生まれています。当時の身分制社会において、側室である母・お由利の方(浄円院)は下層の出自であったとされ、正室の子ではない四男の吉宗が将軍職はおろか紀州藩主の座に就く可能性すら極めて低い状況でした。
運命が激変したのは宝永年間です。長兄・綱教、次兄・頼職が相次いで病に倒れて急逝し、さらに父・光貞も没したことで、1705年に吉宗は21歳で奇跡的に紀州藩主を継承しました。その後、放漫財政で破綻寸前だった紀州藩の立て直しに手腕を発揮した吉宗は、江戸城内で発生した第8代後継者争いを制し、1716年に32歳で征夷大将軍の座に登り詰めることになります。ドラマ冒頭で描かれる「型破りな成り上がり感」の背景には、こうした劇的かつ波乱に満ちた血統のドラマが実在していました。