ハチの物語の原点は、1923年(大正12年)11月に秋田県大館市で生まれた純血の秋田犬にさかのぼります。翌1924年初頭、東京帝国大学(現・東京大学)農学部教授で日本の農業土木学のパイオニアであった上野英三郎博士の渋谷の自宅へ引き取られました。体が弱かった子犬に「末広がりに健やかに育つように」との願いを込め、「ハチ」と名付けられたのです。
上野博士のハチへの愛情は並々ならぬものでした。毎朝、博士が渋谷駅へ向かう際にはハチが駅前まで見送り、夕方の帰宅時間になると改札前で出迎えることが日課となりました。しかし、この幸せな日常はあまりにも短く幕を閉じます。1925年(大正14年)5月21日、博士は大学での教授会直後に脳溢血で急逝。ハチと博士が共に過ごした時間は、わずか1年4ヶ月という短い期間に過ぎませんでした。
主人の死を理解できないハチは、博士の棺の前でも身じろぎせず、通夜の席でも食事を受け付けなかったと伝えられています。博士の死後、上野邸が人手に渡ったことでハチは知人宅や世田谷、浅草などを転々と預けられることになりましたが、どんなに遠く離れた場所からも渋谷の地を目指して走り出しました。