類いまれなビジュアルと笑いの才能を兼ね備えていた志村さんですが、そのスターダムへの道のりは決して平坦ではありませんでした。志村けんの経歴を年代別まとめとして振り返ると、過酷な下積み時代と情熱的な挑戦の歴史が浮かび上がります。
東京都東村山市に生まれた志村さんは、厳格な教員家庭で育ちました。家庭内で唯一の息抜きだったお笑い番組に魅了され、高校卒業を目前に控えた1968年2月、憧れのザ・ドリフターズのリーダー・いかりや長介さんの自宅へ直接押しかけます。雪の降る過酷な状況の中、門前で何時間も待ち続け、熱意を認められて志村けんの付き人時代が幕を開けました。
ザ・ドリフターズ加入前の1972年には、同じく付き人仲間だった井山淳さんと共にお笑いコンビ「マックボンボン」を結成。当時の宣材写真を見ても、スマートな体型と端正な顔立ちが際立っており、若手有望株としてテレビ番組のレギュラーを獲得するなど順調なスタートを切ったかに見えました。しかし、相方の失踪や人気の伸び悩みによってコンビは自然消滅。志村さんは再びドリフの付き人へと戻り、いかりやさんの身の回りの世話をしながら、虎視眈々とチャンスを待つ日々を過ごしました。