1968年12月12日、ストックホルムのスウェーデン・アカデミーで行われたノーベル文学賞受賞記念講演のタイトルは、『美しい日本の私―その序説』でした。この講演は、近代西洋の合理主義と個人主義に染まりつつあった国際社会に対し、東洋の深遠な精神文化を突きつけた歴史的スピーチとして語り継がれています。
講演の冒頭で川端が引用したのは、道元禅師の「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて 冷しかりけり」や、明恵上人の「雲を出でて 我にともなふ 冬の月 風の寄するに 猿や寒き」といった古典和歌でした。四季の移ろいを単なる外的な自然現象としてではなく、自然と自己が溶け合う深い合一の境地として語り明かしました。
さらに講演の中で最も聴衆を驚かせたのは、良寛の辞世の句「形見とて 何か残さん 春は花 夏ほととぎす 秋はもみぢ葉」を引きながら展開された「無常観」と「死生観」の講話でした。川端は「虚無」という東洋の概念を「西洋のニヒリズムとは異なる、あらゆる存在を包み込む根源的な豊かさ」であると説き起こしました。
同時に、芥川龍之介や太宰治の名を念頭に置きながら、「いくら現世をいとふとも、自殺はさとりのはたらきにはなり得ない」と明確に自殺を否定する言辞を残しました。にもかかわらず、その4年後の1972年4月、逗子の仕事部屋で自らガス管をくわえて生涯を閉じたという結末は、この講演に込められた思想の深さと、人間の心の不可知性を今なお私たちに問いかけ続けています。