彼のキャリアは、平坦なエリートコースとは無縁の挑戦の連続でした。1990年代、日本国内で音楽やアクション、エンターテインメントの基礎を培った後、活躍の舞台をアジア市場へとシフト。香港のアクション映画界を経て、彼が本格的なブレイクを果たしたのがフィリピン映画界でした。
当時のフィリピン映画界において、外国人でありながら主役に抜擢され、現地のトップスターや名匠と肩を並べて数多くのバイオレンスアクションやドラマに出演。単なる客演俳優にとどまらず、自らメガホンを取る映画監督へと転身した経緯は、現地の映画史でも極めて稀有な成功事例として語り継がれています。